大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)52号 判決

上告人

大阪市

右代表者市長

磯村隆文

右訴訟代理人弁護士

布施裕

被上告人

松浦米子

外六名

右七名訴訟代理人弁護士

岩城裕

被上告人

蒲田隆史

外一名

右九名訴訟代理人弁護士

辻公雄

秋田仁志

井上元

江野尻正明

岸本寛成

三嶋周治

坂本団

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人布施裕の上告理由第一の一について

地方自治法二四二条の二第七項にいう「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」には、同条一項四号の規定による訴訟を提起された者が請求の認諾をし、それが調書に記載された場合も含まれると解するのが相当である。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官尾崎行信 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

上告代理人布施裕の上告理由

原判決には、次のとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背及び理由不備の違法があるので、破棄されるべきである。

第一 地方自治法(以下「法」という。)第二四二条の二第七項違反について

一 法第二四二条の二第七項の「勝訴」に「請求の認諾」が含まれるとしている点について

1 原判決は、

法第二四二条の二第七項が、同条第一項第四号のいわゆる代位請求訴訟(以下「代位請求住民訴訟」という。)において、原告住民が勝訴した場合に原告住民が支出した弁護士報酬のうち相当と認められる額(以下「弁護士報酬相当額」という。)の支払を普通地方公共団体に対して請求することができるとしたのは、代位請求住民訴訟の場合においては、原告住民が普通地方公共団体に代わって訴訟を提起するものである上、原告住民が右訴訟において勝訴したときは原告住民の費用負担のもとで普通地方公共団体が勝訴の利益を受けることとなるので、右の場合には原告住民に係る弁護士報酬相当額を普通地方公共団体から原告住民に支払わせるのが衡平の理念に合致することを主な理由とするものと解されることからすれば、右請求権を行使し得る場合につき、法第二四二条の二第七項が原告住民において勝訴又は一部勝訴の確定判決を得たときだけに限定したものとまでは解することはできず、内容的にも勝訴的なものから敗訴的なものまで様々な場合を含み得る訴訟上の和解や訴えの取下げ等の場合はともかくとして、少なくとも、本件におけるように、被告による請求の認諾によって当該被告に係る訴訟手続が全部終了したような場合は、裁判所による公権的判断の有無という点を除いては、その効果や効力等において全部勝訴の確定判決を得たのと何ら異なることはない以上、原告住民らは、同項に基づき、普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権を行使し得るものと解するのを相当とする。

とし、法第二四二条の二第七項に規定する「勝訴した場合」とは、被告が請求を認諾したことによって訴訟手続が終了した場合も含まれると解するのが相当であると判示している。

2 しかしながら、住民の費用負担のもとで行われた訴訟において普通地方公共団体に利益がもたらされることは、代位請求住民訴訟だけではなく、代位請求住民訴訟以外の住民訴訟や他の民衆訴訟においても起こり得るし、また、これらの訴訟において原告が勝訴した場合だけではなく訴訟上の和解や訴えの取下げ等により訴訟手続が終了した場合であっても起こり得るところ、法第二四二条の二第七項の規定が、住民に普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権の行使を認める場合として、代位請求住民訴訟を提起した者が「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」と明記していることからすれば、同項の規定は、代位請求住民訴訟が終了した場合のうち、原告の勝訴又は一部勝訴の場合に限り、原告住民に普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権の行使を認めることとしているものであると解されるのである。

3 なお、原判決は、「内容的にも勝訴的なものから敗訴的なものまで様々な場合を含み得る訴訟上の和解や訴えの取下げ等の場合はとも角として、少なくとも、本件におけるように、被告による請求の認諾によって、当該被告に係る訴訟手続が全部終了したような場合は、裁判所による公権的判断の有無という点を除いては、その効果や効力等において全部勝訴の確定判決を得たのと何ら異なることはない以上、原告住民らは、同項に基づき、普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権を行使し得るものと解するのを相当とする」と判示しているが、代位請求住民訴訟において、裁判所による公権的判断の有無という点を除き、その効果や効力等において原告勝訴の確定判決を得たのと何ら異なることがない場合は、原判決のいう「被告による請求の認諾によって当該被告に係る訴訟手続が全部終了したような場合」だけでなく、原告と被告との間で被告が請求金額の全部又は一部を普通地方公共団体に支払う旨の和解が成立しこれが調書に記載された場合であっても、裁判所による公権的判断の有無という点を除いては、その効果や効力等において全部又は一部勝訴の確定判決を得たのと何ら異なることはない。

このように、原判決の判示するところによれば、右のような訴訟上の和解が成立した場合であっても法第二四二条の二第七項にいう「勝訴した場合」に該当することとなると解されるのであるが、かかる解釈が同項の明文の規定に反するものであることは明らかである。

4 右のとおり、法第二四二条の二第七項の「勝訴」に「請求の認諾」が含まれないことは規定上明らかであるが、同項の規定の趣旨から見ても、同項の規定が原判決がいうように、代位請求住民訴訟により普通地方公共団体が何らかの経済的な利益を受けることとなった場合であれば、いかなる場合であっても原告に普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権の行使を認める趣旨の規定であるとは解されないのである。

5 すなわち、法第二四二条の二第七項の規定は、住民訴訟の原告は自己の個人的利益のためや普通地方公共団体そのものの利益のためにではなく専ら原告を含む住民全体の利益のために地方財務行政の適正化を主張するものであること(最高裁判所第一小法廷昭和五三年三月三〇日判決民集第三二巻第二号四八五頁参照)及び代位請求住民訴訟においては原告が勝訴することによって被代位者である普通地方公共団体が財務会計上の違法な行為又は怠る事実により受けた損害を回復するという利益を現実に受けることに鑑み、原告個人の費用負担のもとで住民全体の利益のために行われた住民訴訟において、原告の主張が正当と認められて地方財務行政の適正化が図られるとともに、財務会計上の違法な行為又は怠る事実により普通地方公共団体が受けた損害が回復されることとなった場合には、原告個人が負担すべき弁護士報酬相当額を普通地方公共団体に負担させることが衡平の理念に合致することから、代位請求住民訴訟の原告が勝訴した場合に普通地方公共団体に対して弁護士報酬相当額の支払請求権の行使を認めることとしたものであると解される。

6 しかるところ、請求の認諾や訴訟上の和解は、裁判所の公権的判断を経ない訴訟当事者の意思表示による自主的な紛争解決手続であり、被代位者である普通地方公共団体の意思にかかわりなく行われるものであるから、住民訴訟において問題とされている財務会計上の行為が実際に行われていなかった場合であっても、被告とされている者の個人的な事情によって請求の認諾や訴訟上の和解が行われることがあり得るのであり、現に、本件において被上告人らがその弁護士報酬相当額の支払を求めている住民訴訟(以下「別件住民訴訟」という。)の訴状等(甲第一八号証、甲第七〇号証及び甲第七四号証)並びに請求原因事実の認否に関する書面(甲第三九号証及び甲第七九号証)によれば、別件住民訴訟において被告とされていた訴外床田健三(以下「訴外床田」という。)が認諾した請求の中には公金支出の事実のないとされているものも含まれている。

又、別件住民訴訟の訴状(甲第一八号証及び甲第七〇号証)によれば、別件住民訴訟においては、上告人における食糧費の支出が違法であるとして、訴外床田をはじめとする複数の飲食行為者及び支出手続に関与した職員が被告とされているところであり、訴外床田が請求を認諾した部分(以下「本件認諾部分」という。)についても、訴外床田だけでなく同人とともに飲食したとされる者や支出手続に関与した者が連帯して損害賠償責任等を負うとして被告とされているのであるが、このように、一つの公金支出について複数の者が普通地方公共団体に対して連帯債務を負うとして提起された代位請求住民訴訟においては、請求の認諾や訴訟上の和解により一人の被告に対する訴訟が終了しても他の被告に対してはその効力は及ばないと解されるので、当該公金支出が正当なものであったと考える他の被告との間で訴訟が継続して行われた結果、問題とされていた公金支出が裁判所の判決において正当であったと認められて、当該他の被告が勝訴することもあり得るのである。

7 このように、代位請求住民訴訟においては、訴訟で問題とされている財務会計上の行為が行われていない場合や当該財務会計上の行為が正当なものである場合のように、そもそも普通地方公共団体の財務行政が適正に行われており当該普通地方公共団体に何ら損害が生じていないにもかかわらず、たまたま当該訴訟において被告とされている者の個人的な事情によって請求の認諾や訴訟上の和解が行われたため、普通地方公共団体が債務名義を取得する場合があり得るのであるが、5記載のとおり、原告個人の費用負担のもとで行われた代位請求住民訴訟により普通地方公共団体の財務行政の適正化が図られてその損害が回復されることになった場合に原告が負担すべき弁護士報酬相当額を当該普通地方公共団体に負担させることとしている法第二四二条の二第七項の規定が、このようにそもそも普通地方公共団体の財務行政が適正に行われており当該普通地方公共団体に何ら損害が生じていないような場合であっても、代位請求住民訴訟の当事者間で行われた請求の認諾や訴訟上の和解により当該普通地方公共団体が債務名義を取得していることをもって、原告が負担すべき弁護士報酬相当額を普通地方公共団体に負担させることとしていることは到底考えられないところである。

8 以上のとおり、代位請求住民訴訟の原告が、法第二四二条の二第七項の規定に基づき、被代位者である普通地方公共団体に対して弁護士報酬相当額の支払を請求することができる「勝訴した場合」とは、裁判所の公権的判断である判決により原告の勝訴(又は一部勝訴)の判決が確定した場合をいうと解されるにもかかわらず、本件の場合のように被告が請求を認諾したことによって当該被告に対する訴訟手続が終了した場合であっても、被代位者である普通地方公共団体が経済的利益を受けている以上、同項に規定する「勝訴した場合」に該当し、被上告人らが上告人に対して弁護士報酬相当額を請求することができるとした原判決が法令に違背しており、これが判決に影響を及ばすことは明らかである。

二 別件住民訴訟のうち訴外床田に対する部分が終了した時点において当該終了した部分に係る弁護士報酬相当額の支払請求が可能であるとする点について

1 原判決は、別件住民訴訟のうち訴外床田に対する部分のみが終了したにすぎない段階においても、当該終了した部分について弁護士報酬相当額を決定することは全く不能とはいえず、また、そのことが認められないとする根拠もないと判示している。

2 しかしながら、一の5記載のとおり、代位請求住民訴訟の原告が、法第二四二条の二第七項の規定に基づき、被代位者である普通地方公共団体に対して弁護士報酬相当額の支払を請求することができるのは、当該普通地方公共団体に生じた損害が回復された場合でなければならないところ、一の6記載のとおり、一つの公金支出について複数の者が普通地方公共団体に対して連帯債務を負うとして提起された代位請求住民訴訟においては、請求の認諾や訴訟上の和解あるいは原告の勝訴判決の確定により一人の被告に対する訴訟が終了しても他の被告に対してはその効力が及ばないので、他の被告に対する訴訟において問題とされていた公金支出が正当であったと認められて当該他の被告が勝訴し、原告の敗訴判決が確定することもあり得るのであり、かかる場合には、そもそも普通地方公共団体には何ら損害が生じていなかったということになるから、被告の一人についての当初の請求の認諾や訴訟上の和解あるいは敗訴判決の確定によって普通地方公共団体が債務名義を取得したとしても、これをもって当該普通地方公共団体の損害が回復されたとはいえないことになるのである。

3 このように、代位請求住民訴訟で同一の争点に関して複数の者が連帯債務者として被告とされている場合においては、請求の認諾や訴訟上の和解あるいは原告の勝訴判決の確定により一人の被告に対する訴訟が終了したとしても、すべての被告に対する訴訟が終了するまでは、被代位者である普通地方公共団体に損害が生じており、請求の認諾や訴訟上の和解あるいは原告の勝訴判決の確定により当該損害が回復されたとは必ずしもいえないと解されるから、当該訴訟の原告は、すべての被告に対する訴訟が終了し、被代位者である普通地方公共団体に生じた損害が回復されたことが確定した段階においてはじめて、法第二四二条の二第七項の規定に基づき、被代位者である普通地方公共団体に対して弁護士報酬相当額を請求することができると解すべきである。

4 以上のとおり、別件住民訴訟の本件認諾部分のうち訴外床田に対する部分が終了したとしても、本件認諾部分に係る他の被告に対する訴訟がすべて終了するまでは、別件住民訴訟の本件認諾部分において問題とされる公金支出により上告人に損害が生じており、訴外床田の請求の認諾により当該損害は回復されることになったとは必ずしもいえず、被上告人らが法第二四二条の二第七項の規定に基づき上告人に対して弁護士報酬相当額の支払を請求することはできないと解されるにもかかわらず、別件住民訴訟の本件認諾部分のうち訴外床田に対する部分が終了した段階おいて、被上告人らは上告人に対して弁護士報酬相当額の支払を請求することができるとして、被上告人の弁護士報酬相当額及びその遅延利息の支払請求を認容している原判決が法令に違背しており、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二 〈省略〉

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